【連載】エコパーク登録 南アルプス新時代 [5]
芸術家らを魅了する景観 自然の多様性残す責務
「富士山に比べれば南アルプスは地味だが、鈍重で日本の山を代表する樹林があってとても素晴らしい山」。日本を代表する山岳写真家白籏史朗さん(81)=大月市出身=は、国連教育科学文化機関(ユネスコ)生物圏保存地域(エコパーク)に登録された南アルプスを60年以上にわたって撮影を続けてきた。「これまで数え切れないほどの山を撮影したけれど、撮影した枚数はどの山よりも多いよ」
白籏さんは、現在も大半を国内外の山で過ごす。日本だけでなく、世界の名峰であるヒマラヤ、カラコルム、ロッキーなどの雄大で神秘的な、大自然の臨場感あふれる山をファインダー越しに追い掛けてきた。中でも南アルプスは写真の世界に導いてくれた、特別な存在という。
18歳で夢中に
南アルプスを撮り始めたのは18歳。きっかけは師匠である、世界的な写真家岡田紅陽(1895~1972年)に付き添って鳳凰三山に登ったことだった。「写真を始めた頃でまだ何を対象とするか分からなかったが、大きな山が連なる、山の雄大さにほれ込んでしまった」。地蔵ケ岳山頂で太陽が雲海に現れた瞬間、南アルプスの魅力にとりつかれた。山岳写真家になると決めた。
南アルプスを「一つ一つの山が大きく、ボリュームのある男らしいかっこいい山」と表現する。深い谷間の森林帯から高山帯に至る山岳景観は「多様で迫力がある」(白籏さん)。森林の中の空気を吸うと心が癒やされる。
ただ、登山者の増加や環境の変化などに伴うシカの食害の影響で山が荒れていることが気掛かりという。1990年代後半頃までは標高2000メートル付近できれいに咲き誇っていた花が今ではほとんど見られない。「なぜ、この素晴らしい自然を荒らしてしまうのか。エコパーク登録を機に議論を深め、より良い環境づくりにつなげてほしい」
世界最速レベル
南アルプスは国内2番目の高峰、北岳や、3番目の間ノ岳、甲斐駒ケ岳など日本有数の山々がそびえる。「頂上へ着いたときの達成感は、ほかのどの山々よりもある。頂上からは富士山や北アルプスなどを眺められる。動植物の多様性も素晴らしい」。県山岳連盟会長の古屋寿隆さん(63)は南アルプスの魅力をこう語る。
100万年ほど前から、急速な海底からの隆起によって形成された地形・地質は今も年間約3~4ミリの速度で隆起している。この速度は日本最速であり、世界最速レベルともいわれる。尾根一帯に残された約2万年前の氷河時代の遺物、豊かな降水量と複雑な気象条件がもたらす多様な動植物が生息、生育している南アルプスは登山者にとっても魅力のある山だ。
「人工的に手を加えられた場所が少なく、奥行きがある味わい深さが南アルプスの魅力をさらに引き立たせている」と古屋さん。「登山ルートの多さも特徴で、面白さは尽きない」と語り、エコパーク登録が南アルプスの魅力を、次世代に引き継いでいくための指針となってほしいと願っている。(おわり)
2014年6月20日付 山梨日日新聞掲載