2008.11.19
News /
県人クライマー、ヒマラヤ難壁踏破 世界初 佐藤裕介さん、天野和明さん アジア版「ピッケル賞」受賞
甲府市西高橋町のクライマー佐藤裕介さん(28)=鶴城山岳会所属=と甲州市出身の天野和明さん(31)=明治大山岳部OB会「炉辺会」所属=ら日本登山隊3人が、インド・ヒマラヤのカランカ(標高6,931メートル)北壁の踏破に世界で初めて成功した。悪天候で帰還予定を5日オーバーするなど困難を極めたが、少人数で難ルートを攻略した登山は評価を受け、アジアで今年最高の登山隊を表彰する「ピオレ・ド・オール・アジア(アジア版 黄金のピッケル賞)」に選ばれた。日本隊としては初の受賞。
カランカ北壁は最大斜度80度の急斜面。雪氷壁と岩壁に加え、悪天候に見舞われることが多いという。これまでに米国や英国などの登山隊が挑戦したが、行く手を阻まれてきた。
この難壁に対し、クライマーの一村文隆さん(31)=埼玉県=を隊長とする3人は、少人数かつ最低限の装備で踏破を目指す、冒険色が強い「アルパインスタイル」で挑んだ。
3人は9月14日、晴天の下でベースキャンプ(標高4500メートル)を出発。間もなく天候が崩れ、「手元のピッケルさえ見えない」(佐藤さん)ほどの吹雪になり、3日間にわたって、1畳ほどのスペースに広げたテントでの宿泊を強いられた。
雪が小康状態になった22日、頂上へアタック。ルートを探しながらのクライミングは難航し、標高差300メートルを9時間かけて山頂にたどり着いた。下山時は食糧が底をつき、3人は雪をバーナーで熱して作ったスープだけを栄養源にロープ下降を繰り返し、24日にベースキャンプにたどり着いたという。
果敢に挑戦したこの登攀(とうはん)は評価を受け、韓国の山岳雑誌主催の「第3回ピオレ・ド・オール・アジア」でカザフスタン隊と韓国隊2隊との審査の結果、今月7日、受賞が決まった。
佐藤さんは「悪天候や食糧不足で最悪の状況だったからこそ、自分にはいい登山になった」と笑顔。天野さんは「下山後に自分たちが刻んだ登攀ラインを見て、充実感が込み上げた。受賞で今回の登山の価値が変わるわけではなく、あくまで通過点」と次の登攀に気持ちを切り替えた。
県山岳連盟の内藤順造会長(67)は「2人が困難に挑んだ登山が今年のアジアの代表的な登攀に認められ、大変喜ばしい。独自の山の世界を構築しつつある2人には、今後も後進の若手登山家を引っ張ってほしい」と話している。
(2008年11月19日付 山梨日日新聞)
カランカ北壁は最大斜度80度の急斜面。雪氷壁と岩壁に加え、悪天候に見舞われることが多いという。これまでに米国や英国などの登山隊が挑戦したが、行く手を阻まれてきた。
この難壁に対し、クライマーの一村文隆さん(31)=埼玉県=を隊長とする3人は、少人数かつ最低限の装備で踏破を目指す、冒険色が強い「アルパインスタイル」で挑んだ。
3人は9月14日、晴天の下でベースキャンプ(標高4500メートル)を出発。間もなく天候が崩れ、「手元のピッケルさえ見えない」(佐藤さん)ほどの吹雪になり、3日間にわたって、1畳ほどのスペースに広げたテントでの宿泊を強いられた。
雪が小康状態になった22日、頂上へアタック。ルートを探しながらのクライミングは難航し、標高差300メートルを9時間かけて山頂にたどり着いた。下山時は食糧が底をつき、3人は雪をバーナーで熱して作ったスープだけを栄養源にロープ下降を繰り返し、24日にベースキャンプにたどり着いたという。
果敢に挑戦したこの登攀(とうはん)は評価を受け、韓国の山岳雑誌主催の「第3回ピオレ・ド・オール・アジア」でカザフスタン隊と韓国隊2隊との審査の結果、今月7日、受賞が決まった。
佐藤さんは「悪天候や食糧不足で最悪の状況だったからこそ、自分にはいい登山になった」と笑顔。天野さんは「下山後に自分たちが刻んだ登攀ラインを見て、充実感が込み上げた。受賞で今回の登山の価値が変わるわけではなく、あくまで通過点」と次の登攀に気持ちを切り替えた。
県山岳連盟の内藤順造会長(67)は「2人が困難に挑んだ登山が今年のアジアの代表的な登攀に認められ、大変喜ばしい。独自の山の世界を構築しつつある2人には、今後も後進の若手登山家を引っ張ってほしい」と話している。
(2008年11月19日付 山梨日日新聞)