【特集】人工林巨大化でシカは…
餌求め里山や高山帯へ
「標高3000メートルの高所でも足跡が見つかっている。食害に遭う高山植物も出てきた」。南アルプス市みどり自然課の担当者は、ニホンジカの行動範囲の変化をこう話す。
これまで標高1500メートル付近が主な行動範囲とされていたニホンジカ。だが、南アルプスでは10年ほど前から、シナノキンバイやハクサンチドリなど北岳周辺に群生する高山植物の食害が報告されるようになった。
銃の恐怖心
戦後、山梨県内の森林では木材需要の急伸で植林が進んだ。しかし燃料は石油に変わり、木材の輸入自由化などで価格は低迷、林業は衰退した。県内人工林の約3割は50年生以上が占めるようになった。この木の巨大化が動物がすんでいた森の環境を変えた。
「木の巨大化は森を暗くする。結果としてシカの餌になる下草や雑木が生えにくくなった」。県森林総合研究所の長池卓男主任研究員はこう指摘する。
従来の生息地で餌が減る一方で、シカの生息数は増えている。県みどり自然課によると、昨年度の県内の推定生息数は3万6110頭。2005年度の1万8000頭の2倍だ。
長池主任研究員によると、冬の気温が上がり、越冬できる子ジカが増えたことが増加の要因の一つという。南アルプスでも「数の増加で高密度化が進み、餌を求め里山や高山帯に進出するようになった」と分析する。
ハンターの減少も一因とみるのは猟師歴40年の有泉大さん(69)=市川三郷町中山=だ。「ハンターが減ったことで野生動物に銃による恐怖心を植え付けられなくなった。それが餌場や繁殖する場所を増やすことにつながった」
過疎化が進んだ里山の荒れた畑、大きく育ちたくさんの実をつけたクヌギは、ニホンジカなど山で生活する動物にとって、「格好の餌場だ」と有泉さんは言う。
特効薬なし
県は07年度からニホンジカの個体数の調整や農林業被害防止などの対策に着手。本年度まで管理捕獲や防護ネットの設置などを行ってきた。
ただ生息数は増加が続き、農林業被害も改善されていない。県は新年度、新たな保護管理計画に基づき、2673頭(06年度)だった狩猟を含めた捕獲数を1万頭にまで増やすなど対策強化を進める。
環境省は昨年7月、北岳北東の標高2700~2750メートル付近の約2000平方メートルに防護ネットを整備。仙丈ケ岳の北側に位置する馬ノ背(2700メートル付近)には定点カメラを設置して生息域の把握に努めている。ただ「具体的な生息数や行動範囲は分かっていない」(同省)という。
長池主任研究員は、動物による農林業被害などの対策について「特効薬はない。捕獲や防護ネットの整備など行政、民間が連携し、あらゆる対策を組み合わせる必要がある」と指摘する。
人の暮らしの変化とともに姿を変えた県内の森。里山の風景も変わった。動物の生態の変化は、そうした森の環境の変化を映し出している。
2012年3月15日付け 山梨日日新聞掲載