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櫛形山
標高2052メートル。南アルプスの前衛にあり山梨県南アルプス市、増穂町にまたがる。山容は南北に長く、甲府盆地から眺めると櫛の背のように見えることから名前が付いた。最高点は奥仙重という。頂綾は準平原地形で大規模なアヤメの群落がみられる。地元巨摩高が長年の研究で地質・気温・雨量の微妙なバランスの上に成り立っていることを明らかにした。花期は7月中旬。アツモリソウの群落も有名だったが盗掘でほとんど姿を消した。山頂への登山道は6本ある。山梨百名山(1997年選定)のひとつ。「櫛形山のアヤメ 櫛形・増穂」が2001(平成13)年、山梨百選に選定されている。
■人を引き込む「紫の君」
『花の百名山』の田中澄江さんは1908(明治41)年生まれ。櫛形山のアヤメを「紫の君」と呼ぶ。『花の百名山』を出版したのが80(昭和55)年で、この中に櫛形山は入っていない。88年の『花と歴史の山旅』では、次のように書いている。=【写真】櫛形山のアヤメ
「あの、ひとの心を引きこむような紫の花の群れの中に身を投じたくなる。櫛形山のアヤメは、まるで花に心があって、ここに来て憩えとささやきかけてくるようである」。この本の中で「ここ数年に二回登り」とあるから、『花の百名山』を出してからここに登り、紫の君に魅入られたようだ。もっと早く知っていたなら、きっと百名山に入れたにちがいない。
「二度とも神韻縹渺(しんいんひょうびょう)ともいいたいような、コメツガの大群に囲まれた紫の花の豊かさに酔い、この世ならぬ思いを味わってきた」「私ははじめて来た時、櫛形山のアヤメに埋もれてこの世に別れたいと思ったが、今回はちがって、四つん這(ば)いになってでも急坂を登って見に来たいと思った」(『花と歴史の山旅』)。
紫の君に魅入られたのは、田中さんだけではない。ふもとの山梨県立巨摩高の若者たちも同じだった。同高自然科学部は、アヤメをはじめこの山の動植物、地質、気候など、多角的に研究してきた。
64年から研究を開始。これまでに成果を『伊奈ケ湖の自然界』『櫛形山の自然』『続櫛形山の自然』『櫛形山のアヤメ』としてまとめ、発表している。
7月中旬、なだらかな山頂付近は紫の花で埋まる。日本有数のアヤメ群生地。自然科学部の研究によると、この群生地は地形、地質・土壌、気温、降水量、日照の条件が絶妙に絡み合い、さらに氷河期からの長い年月をかけて出来上がった。
やや南に傾いた斜面の多い準平原地形。上部がローム混じり砂れき、下部が粘土の保水性の高い地質・土壌。山頂付近で年平均3.8度、甲府盆地より多い年1600ミリを超す降水量の多雨冷涼気候。発芽と生長期のそれぞれに合った気温。アヤメ平付近の100パーセント近い相対照度が示す日照量。この微妙なバランスの上に成り立っていることを明らかにした。
『櫛形山のアヤメ』(86年)によると、数は全体で2830万本。花の数320万個にのぼる。しかし生育面積は減少しているという。
花にほれ込む人がいて、研究を通して古里の自然の素晴らしさに触れる人たちがいる半面、花を盗む人もいる。櫛形山には、アツモリソウ類も多かった。山野草ブームで盗掘が相次ぎ、絶滅の危機にひんしている。 〈「山梨百名山」 山梨日日新聞社刊〉