更新日:2008年12月15日
時評 南アルプスの価値伝えたい 塩沢久仙
 山梨、静岡、長野の3県にまたがる赤石山脈は、南アルプスと呼ばれ、本邦第2の高峰である北岳と、赤石岳を南北の盟主とし、13の3000メートル峰を擁する、わが国最標高の構造山地です。

 大きな山容と太古の原生林を縫うように流れる清らかな水が、見事な渓谷美を形成し、キタダケソウに代表される世界的に貴重な高山植物が咲き誇り、ライチョウ、ニホンカモシカなどの野生動物たちが遊ぶ、豊かで多様性に富んだ生態系が形作られています。

 甲斐駒ケ岳や鳳凰山に見られる花こう岩の大断層崖(がい)、氷河の痕跡であるカールや周氷河地形は地球46億年の歴史を背負っています。その景観は四季を通じて人々の感性や美意識を磨き、豊かな精神活動の舞台となっています。

 南アルプスは一つ一つの山が大きく、懐が深いため、アプローチが短く男性的な景観を誇る北アルプスと比べると、今日でも訪れる人は20分の1にすぎません。これが幸いし、南アルプスにはより豊かな自然が残されています。

 その南アルプスにも大勢の登山者が訪れるようになり、自然破壊が心配され始めました。1964年、国は南アルプスを国立公園に指定し、保護と適正利用に取り組み始めました。登山者も自然保護に動きだし、登山のマナーが飛躍的に向上して山の自然環境は安泰かに思われました。

 しかし近年、サルやニホンジカの高山への侵出、植物の開花期の早まり、遅れる紅葉など地球温暖化に起因すると思われる現象が高山にまで現れ、生態系への影響が見られるようになりました。そうなると、貴重な自然を守ってゆくには地元だけではなく、世界の人々が力を合わせることが必要となってきます。

 2003年、峡西6町村が合併して南アルプス市が誕生し、今まで山を持たなかった地域にまで南アルプスの存在が広がり、やがて「ふるさとの山々・南アルプス」が定着し始めました。一方、県民には、富士山の世界文化遺産登録や県のコピーライト「富士の国やまなし」に象徴されるように富士山の情報が圧倒的で南アルプスの情報と価値が伝わりにくい環境にあります。

 2005年に南アルプス芦安山岳館を訪れた静岡市議団が、南アルプスの魅力について議論しました。「日本の代表的な山岳として富士山は揺るぎ難いが、南アルプスも決して引けを取るものではない。むしろ南アルプスこそ世界の山岳自然環境を代表するものである」との意見で一致しました。近年ピンチに立たされている南アルプスの自然を世界規模で守ってゆくために、世界自然遺産登録が必要であると、結論付けられました。

 これを契機に2007年、南アルプス世界自然遺産登録推進協議会が結成され、南アルプスの自然を再評価するための行動が始まりました。

 今月20日午後1時からは、南アルプス市高度農業情報センターで「南アルプス学術フォーラム」が開かれ、岩槻邦男東京大名誉教授の基調講演と、山岳写真家白籏史朗氏や各県の学術委員による、小講演やパネルセッションが行われます。南アルプスの魅力や価値を正しく評価した人々が情報を伝えることで、地元はもちろん広く県民、国民にその価値を知ってもらい、「自然を守る」意識を持ってもらうことが目的です。

 ふもとの市町村が取り組んできた、南アルプスの顕著で普遍的な学術上の価値を明らかにするための行動を総括するものです。同時にこれまで行政主導であった南アルプス世界自然遺産登録に向けての活動が、市民、県民そして国民的なレベルに引き上げられることが期待されます。(南アルプス芦安山岳館館長)

塩沢久仙(しおざわ・ひさのり)さん
 1942年南アルプス市生まれ。1965年より夜叉神峠小屋、1985年から広河原山荘の管理人となる。山小屋管理の傍らで南アルプスの高山植物調査、山岳自然環境問題や山岳文化の推進に取り組んでいる。NPO法人芦安ファンクラブ、日本高山植物保護協会会員。環境省自然公園指導員。

(2008年12月14日付 山梨日日新聞)