大井夫人まつり

大井夫人まつり
 山梨県南アルプス市鮎沢。1497(明応6)年11月17日―1552(天文21)年5月7日。戦国大名武田信虎夫人。甲斐西郡の雄族大井信達の女。信達は1515(永正12)年ごろ国主信虎と戦ったが、のち和議が成立しその女を信虎に嫁した。政略結婚ではあったが、信虎の嫡子晴信・信繁・信廉・今川義元夫人らの生母となった。1541(天文10)年の信虎駿河退隠には従わず、除髪して躑躅ケ崎館の北曲輪に住んだ。これにより「御北様」といわれた。1552年55歳で死去すると、大井庄鮎沢の長禅寺に葬られたが、信玄はのちに甲府に長禅寺を建立し、大井夫人・信玄の帰依した岐秀和尚を開山とした。このため鮎沢の方は古長禅寺と呼ばれ墓は両寺にある。法号は瑞雲寺殿(のち長禅寺殿)心月珠泉大姉という。
大井夫人をしのんで開かれる大井夫人まつり
躑躅ヶ崎